90年代のメタル話(2)

世界中のメタル野郎からバッシングされ続けた男。


「The X Factor」は、アイアン・メイデンの10枚目のアルバム。1995年に発売された。
二代目ボーカルであるブルース・ディッキンソンの脱退があり、後任としてブレイズ・ベイリーが加入したという流れだった。


というわけで、ブレイズベイリーである。これほど罵詈雑言、誹謗中傷を浴び続けた男はいないだろうと思う。
ことあるごとに、新しいメイデンのシンガーはクソだと言われていた。
ブレイズにしてみれば、まさに世界中のメタル愛好家が敵に回ったという感じだったのではないだろうか。

特に専門誌での彼への非難は凄まじく、歌だけではなく「生意気だ」「モミアゲが気に入らない」と容姿にまでケチをつけて十字砲火を放っていた。
それも一度や二度ではなく、かなりの長期間に渡ってブレイズに対して文句を言い続けていた。
驚くことに、ブルースがメイデンに復帰して、ブレイズが表舞台から姿を消してもなお、その攻撃は続けられたのである。
本当に異常なことだった。
彼は、悪事を働いた人間でない。アイアンメイデンに加入して歌を歌っただけなのである。
そもそも彼は、オーディション等を進んで受けたのではなく、メイデン側の打診を受けて加入したのだ。それも前任者は解雇されたわけではなく、自ら脱退していった後にである。

確かにブレイズの歌はメイデンに合っていない。音程もフラフラで、表現力もなく一本調子だ。
しかしながら、ブレイズは元々デイヴィッド・リー・ロス的な歌い方をするシンガーで、ウルフズベインはアメリカンロック的な曲をやっていたバンドだ。

こうやって、ウルフズベインの曲を聞くと、本当にデイブかと思うほど堂に入っているのがわかる。いかにもハードロックな感じで好感すら持てるだろう。
問題があるとすれば、このようなシンガーを選んだスティーブ・ハリスにあるのではないだろうか。
特に冒頭の動画の「Sign Of The Cross」のようなプログレに近い曲は最悪の組み合わせと言える。


もっと言ってしまえば、アイアンメイデンというバンドは、ポール・ディアノもブルース・ディッキンソンも「非常に上手いシンガー」だったわけではない。
メイデンはそういった部分で評価されたバンドではないはずだ。
中心はあくまで曲そのものであって、ベースを軸とする見事な展開を聞かせるバンドとして人気を得ていたはずなのである。
当時の他のメタルバンドとは違い、音符の縦にも横にも気を配ったスケールの大きなアンサンブルこそが肝だったのだ。

当然、スティーブ・ハリスはそれを熟知していた。にもかかわらず、それをいかす歌い手を選ばなかったのだ。

誰だって「アイアンメイデン」のようなバンドから加入の話が来れば、断らないだろう。
金の問題だってある。少なくともウルフズベインよりも安定するだろう。名声も一気に上がる。キャリアを一段高くすることもできる。
そういう状況で、ブレイズを非難し続けるのは間違いではないだろうか。特に脱退後まで、笑い者にしたり、非難する必要はどこにもないはずである。